吹奏楽 マーチング ダンシング

パフォーマンスで、感動を共有できることは、、、幸せだ

連載 吹奏楽部 MEMORIES 13

吹奏楽の女の子は、、、

小柄で華奢な子が多い。 そして、次に多いタイプがポッチャリである。
これは、女子にかぎらず、男子もある程度はそうだった。

本人達に確認したことがないので、、、 これは、私の偏見かもしれないが、、、
運動に自信がない子が多いのではないか、、、

特に女子が、この傾向にあるように思える。 ピッコロみたいに、馬並みの、、、 あ、失礼。。。 陸上部並みの運動能力の子は珍しい。
たとえば球技などでは、体と体がぶつかり合った時には、小さいほうが不利になる。 また、ポッチャリは、比較的、運動そのものが苦手という子が多い。

また、色白の子が多かった。 マーチングバンドとは言っても、パレードは、年に一回だったので、日に当たる機会が少なく、、、 さらに、パレードの基本練習である「5mを8歩」も、運動部の邪魔にならないように、屋内で床に62.5cmごとにテープを貼ったりして行っていた。だから、日光に当たる機会が少ないのだ。

そして、運動部とちがって、髪が長い子が多かったので、バンド全体をぱっと見ると、バンドの前のほうの木管パートは、色白でロングの黒髪の、可愛い乙女の集団という感じであった。

また、管楽器を吹くので、何かを食べる度に歯みがきをする。 そういう習慣の人達だからか、見た目も清潔感を漂わせていた。

しかし、美人という定義でみると、ばらつきがあった。 パート別のばらつきである。

今でも言われるそうだが、、、
我々のバンドも、都市伝説ならぬ、吹奏楽部伝説で「クラリネットパートには、必ず、美人がいる。」と言われていた。

もちろん、ほかのパートにも美人はいたが。。。
実際に、クラパートの比率が高いのだ。

私が一年生の時のクラリネットパートは、、、
1年生に一人、2年生に二人、3年生に一人、誰もが認める美人がいた。

美人は、ひがみから希望落ちさせられて、クラリネットパートに集まるのだという、もっともらしいウワサがあったが、、、 そうだとすれば、「ひがみ」から、クラパートのほうが拒否してもおかしくないので、これは、つじつまが合わない。

そもそも、我がバンドには、そういうことは起こり得なかった。
歴代の部長は、そのようにバンドが不調和を起こすような、ヒガミやワガママによる行動には、常に、神経質なほどに、強い警戒心を持っていた。

そういう事が、起きた時、小さなことでも躊躇せずにリーダー会議が召集された。

そして、当事者を呼びつけて、、、
部を、やめてしまっても構わないといった勢いで、追求するのだ。
こういう時の幹部達は、容赦しなかった。 女子が泣いても、手を弛めることはなかった。

先輩が後輩に、技術指導で厳しくすることはかまわなかったが、ほんの少しでもイジメの兆候が見えただけで、激しい対応がとられた。
竹の子は、あっという間に竹になる。 だから、手遅れにならないように、、、 竹の子が、地面から顔を出した瞬間に掘り出してしまうのだ。
イジメ問題を起こしている、学校の校長に、彼女達の爪の垢を煎じて飲ませてあげたい。

私が一年生の時には、、、
疑われただけで、ぼろぼろになるまで追求された、パートリーダーがいた。
疑いは晴れたが、「仕方がなかったの、理解して。」
それだけだった。

はっきり言って、やりすぎの面はあったので、このような失敗はあったが、少なくとも、、、
普段は何もしないで、事が起きたら隠蔽するような姿勢ではなかった。

中学生である。失敗はあるだろう。
彼女達は、吹奏楽部という宝物を守ろうと必死なのだ。

しかし、このことによって、、、 私の在部中は、二年生や三年生によるトラブルは、まったくなかった。
強硬な姿勢が、抑止力になっていたのだ。

Swing de Barrio (Swingtrotters)
https://www.youtube.com/watch?v=-oEgqfPlC78

話が、あまりにもシビアなものになってしまったので、また、ここで「美人」の話に戻そうと思う。

私が一年生の時に、、、 吹奏楽部の外からも注目される美人が二人いた。
二人とも、クラの二年生だった。 一年生や三年生にも綺麗な子はいたが、部外からはこの二人が目立っていたようだ。

それは、いつも二人が一緒にいたからだと思う。 二人は、とても仲良しだったのだ。

一人は、和泉雅子という映画女優が、デビューしたばかりの頃に似ていたので、和泉雅子と同じように「マコ」と呼ばれていた。 彼女は、清楚な雰囲気でさわやかな美人だった。
仲良しのもう一人は、ポッチャリ系美人であったが、デビュー当時の山本リンダに似ている、ちょっと派手な感じの美人だったので、リンダと呼ばれていた。

この時期のフルートパートは、自分のピアノを持っているような、お嬢様達だったが、、、
クラパートは、庶民的な家庭の子が多かった。
リンダとマコも、、、 商店街の裏通りの、古い住宅地で暮らしていた。東京で言えば、下町のような風情の地域である。

二人は、ご近所さんで幼馴染みである。

どのくらい仲が良かったかというと、、、
どちらかがラブレターをもらったり、告白された時には、相棒が断りに行く。
うわさでは、ラブレターの封を切らずに返していたらしい。
いつも、例外なく、こんな調子だったので、中学の三年間を通して、二人とも彼氏はいなかった。

当然、、、
もしかしてレズなのではないか、と疑われていた。
後で、そうではなかったことが分かるのであるが、その辺の、恋愛に関することは、、、 このブログでは、扱わない方針なので、ここで、やめておく。

彼女達にしてみれば、まわりの男子達は、子供っぽく見えてしまって、そんな気にはなれなかっただけなんだろう。

また、仲が良かったエピソードは、、、
月曜日~土曜日は、、、 リンダがマコの、昼食のお弁当を作っていた。

リンダの母親は、早く亡くなっていたので、小学生の三人の妹達の母親代わりをしていた。
リンダは、毎朝、早起きをして、家族の洗濯や朝食の支度をして、自分と父親のお弁当も作っていたので、あと一つぐらいお弁当を作っても、手間は同じようなものだと、マコの分も作っていたのだ。

マコは、、、 平日のお礼だと言って、日曜日には、リンダの家族の五人分の昼食のお弁当を作った。

これだけでも、大変だと思うが、、、
それだけではない。
母親にも、平日のお礼だと、、、 家族の四人分の朝食と、昼食の四人分のお弁当を作った。
合計九人分のお弁当+四人分の朝食である。 これだけの事を、日曜日は早起きをして、部活に行く前にやってのけるのだ。

マコは、リンダに気遣いをするだけではなくて、母親にも気配りをしていた。 まったく、半端な気配りではない。

あ、そうだ、、、 マコは、二年生の秋に、部長になった。 マコが、「気配りの部長」なのである。

マコは、この、九人分のお弁当づくりを、毎週やっていたのだ。 驚きである。

このようなことを一年中やっていた二人が、揃ってレベルの高い進学高校に合格したのだから、アッパレである。
二人とも、時間とエネルギーを無駄に使わない、努力家だったのだろう。

しかし、リフレッシュは誰にでも必要である。

この二人のリフレッシュ法は、吹奏楽であった。
その証拠に、、、 この二人は、卒部した後も、毎週、日曜日の10時頃に音楽室にあらわれた。
卒部した、次の日曜日には、「受験勉強の気分転換。。」とか言って、マコはクラリネットを、リンダはサックスを吹いていた。

二人は、在部中、部のクラリネットを使っていた。個人的に楽器を持っていなかったので、部の楽器を借りて、「気分転換」をしているのだ。

また、この時期の10時頃からというのは、絶妙な時間設定である。
音楽室が空になる時間帯なのだ。

この時期の吹奏楽部は、三年生が卒部して、態勢を建て直すのに忙しい。 指揮者は、各パートをまわって状態を確認しなければならない。
日曜日の10時は、パート練習が始まる時間なのだ。 だから、指揮者の私も、スコアやLPレコードを急いで片付けて、音楽室を飛び出していく。

そして、12時の昼休みに音楽室に戻ると、もう、マコもリンダもいなかった。
「太陽」の部長から、二人が「気分転換」に来るということを、聞いていなければ、気が付くことがなかったかもしれない。

実は、この「絶妙な時間帯」と、忍者のように痕跡も残さずに消えてしまうことには意味があったのだ。

新体制を築こうとしている時に、三年生がウロウロしていたら紛らわしくてしかたがない。
ましてや、影響力の大きい部長などの元幹部は、、、 居てはダメなのだ。

しかし、三月までの四ヶ月間に、私が遭遇したのは一回だけだった。 しかも、体育館で。。。
毎週、日曜日に「気分転換」で、二時間はいたはずなのだが、、、
二人は、「勝手知ったる・・・」である。 時間を変え、場所を変え、、、 多くの部員が最後まで、一度も遭遇することがなかった。

Tuba Skinny - Jubilee Stomp - Royal Street II 2018
https://www.youtube.com/watch?v=_ZdMxFiUf9Q

一月の中旬だったと思うが、、、
クラのパートリーダーから部長に報告があった。

長期保管コーナーの、すべてのクラリネットの、手入れの日付が新しくなっていると。。。
長期コーナーの楽器のケースには、テープが貼られていて、最後に行った、手入れの日付が記入されている。

クラリネットは、木で造られているので、月に一回程度、湿度があまり低くない日を選んで、ケースのふたを開けて、風を通すようにしていた。その際に、手入れの日付に気がついたのだ。

この二か月足らずの間に、保管コーナーの全てのクラリネットが手入れをされていたのだ。
さらに、一部の消耗部品が新しいものと交換されているという報告もあった。

吹奏楽部の予算は少なかったので、長期保管楽器の消耗部品を替えることはなかった。
いつも、使うときになって、慌てて替えることが多い。
時には、長期保管の楽器から、消耗部品を外して使うこともあった。

すぐに部長が、サックスパートに調べさせると、サックスのほうも同様であった。

二人の気づかいなのだろう。。

長期コーナーの楽器は、前回の手入れの日付から六ヶ月経過すると、使用していなくても分解して、丁寧に手入れを行う。
二人は、日付の古いものから順番に選んで、「気分転換」に使うと、30分かけて、分解・手入れをやって、長期コーナーに返していたのだ。

消耗部品の交換は、使ってみて調子の悪いものの部品を、二人のおこづかいで購入したものだった。

部長が、テノールに報告すると、、、
「このことは、幹部だけで内密に。。。 最後に、一度だけお礼を言えばいい。それまでは、そっと、しておくように。」
消耗部品の購入については、、、
本来、教師は、悪い前例をつくらないように、、、 この場合は、すぐに対策をとるべきなのだが、、、

テノールは、すぐに対策をとらなかった。
三月の末に、マコの両親に、消耗部品代を現金で渡してお礼を言ってきた。

このお金は、テノールのポケットマネーである。
気を使わずに「気分転換」をできるようにという、テノールの心遣いであったが、、、

いつも、すぐに感情的になるテノールであったが、こういう人は情に流されやすい。 テノールらしいやり方だとも言える。

"SING, SING, SING" BY BENNY GOODMAN
https://www.youtube.com/watch?v=r2S1I_ien6A

リンダは、「気分転換」の時は、いつもアルトサックスを吹いていた。

彼女は、サックスに憧れて吹奏楽部に入ったが、、 第二希望のクラリネットに落とされていた。
高校では、サックスを吹きたいと思っていたので、「気分転換」を兼ねて、サックスに慣れておきたいと考えていたのだ。

サックスという楽器は難易度の高い楽器だ。
テキトーに吹いても音が出てしまうので、普通は、まともな音に修正するのに、長期の練習が必要になる。

しかし、リンダは週に一度の「気分転換」だけで、アルトサックスの、まともな音が出せるようになってしまった。
クラリネットの修行が、ここでも生きているのだろうか。

そして、三月にはテナーサックスを吹いていた。

この三月である。 二人と私が遭遇したのは。。。

体育館の近くを通りかかったとき、、、 体育館のステージの袖の辺りから、「sing sing sing」が聞こえてきた。
これは、マコとリンダに違いないと思ったので、ステージの袖に行ってみた。

やはり二人だった。

このセッションに参加しないなんて考えられない。
私は、長テーブルと床をドラムにして、セッションに加わった。 面白いセッションだった。

管楽器が二人しかいないので、外のパートの分まで吹いている。 聞いていると、元のパートが何だったか分からなくなってくる。
かなり強引だ。 とにかく、二人とも目立つ部分を吹いているのだ。
クラのソロは、ベニー・グッドマンのほぼコピーであった。

このハチャメチャな、出来損ないみたいな「sing」も、ノリが良かったので、気持ちよくやれた。

しかし、このセッションが彼女達との、最初で最後のセッションになった。

Ksenija Sidorova: V. Monti - Csárdás (ZDF Klassik live im Club, 16-4-2017) 1080p, HD
https://www.youtube.com/watch?v=XIJM2kZgYiI

GRACE KELLY GO TiME: Fish & Chips Feat. Leo P
https://www.youtube.com/watch?v=C0fj6Bwrp6M