連載 吹奏楽部 MEMORIES 6
文化祭が終わり、三年生が卒部した。
この時期は吹奏楽部が、もっとも、弱体化する時期だ。
特に、この年のフルートパートは大変だった。
三年生が二人抜けて、残ったのが二人。
この二人の苦闘は、翌年の夏まで続いた。
ピッコロ担当の一年生は、欠員対策でフルートを吹くことの方が多くなっていた。 この頃の彼女は、まだ、フルートは高音の方が美しかったので、1stを担当した。 ピッコロとフルートを頻繁に持ちかえなければならない曲もあった。
この一年生も大変だったが、もっと大変だったのが、パートリーダーの二年生だった。
パートリーダーは、低い方の音が美しいので、今までは、3rdがある曲は、いつも3rdを吹いていた。 しかし、二人しかいないので、高い音の多い2ndを吹かなければならない。 しかも、ピッコロを省けない曲は、自分が、もっと高い音の多い1stを吹かなければならないのだ。
フルートパートは、3rdを失ってサウンドの厚みがなくなった。その上、リーダーは、3rdという支えがない中で、慣れていない1stや2ndを吹くのだからパートのクオリティーが低下するのはしかたがない。
リーダーは、我がバンドのレパートリーの半分を、練習し直さなければならなくなっていた。 これを春のイベントまでに、間に合わせなければならないのだ。
フルートパートは、機能不全をおこしていた。
この時期の二人は、まるで修行僧のように、黙々と個人練習に没頭していた。
まあ、、、 ほとんどのパートが、同じような状況なのだが、、、 部員のほとんどが、この状況から抜け出そうともがいている時期なのだ。
いずれにしても、まともな全体練習は出来なかった。
季節の冬は、、、 そのまま、 吹奏楽部の冬だった。。。
春になり、このような状況を、やっと、乗り越えたのだが。。。
乗り越えたと思った直後に、新入部員が入ってきた。 ほとんどが、初心者で、当然、才能のある子はほとんどいない。
この才能のない子たちを、9月までに鍛え上げて、各イベントやコンクール、そして、文化祭で活躍できるようにしなければならない。
しかも、フルートパートは、二人で二人の新人を指導しなければならないのだ。
本当に、この年のフルートパートは大変だったと思う。
しかし、良いこともあった。 運が良かった。
と言うよりは、努力の結晶なのだが。。。
新人のふたりが、七月頃には美しい高音を出せるようになってきたのだ。 そして、夏休みが終わる頃には、新人の1stと2ndのグッドペアが誕生した。
パートリーダーは、古巣の3rdに 戻って。。。
九月に間に合った!
各自、得意な piccolo、1st、2nd、3rdという、理想的なフルートパートが誕生した。
あとは、発表だけだ。
これが、フルートパートの一年間だった。
しかし、、、 また、三年生が卒部して、苦闘の、冬が来る。。。
まったく、吹奏楽部というところは、、、 自転車に乗っているようなもので、ペダルを回し続けなければ倒れてしまう。
まぁ、何でも、、、 そうだろうけれど。。。
フルート『青春の輝き/I Need To Be In Love/カーペンターズ』島村楽器 フレンテ南大沢店 インストラクター演奏/音楽教室/レッスン
https://www.youtube.com/watch?v=Kc6awjYdwKM
また、一年前の冬の始まりに戻ろう。
新しい部長は、太陽のような女の子が選ばれた。 だれもが、一緒にいるだけで、温かい気持ちになって、元気になることができた。
私は、この太陽から、指揮者に指名された。
理由は、私がビッグバンドジャズのLPレコードをよく聞いていること。 音楽室の、レコードコレクションの中で、マーチやシンフォニー等の貸出件数が一番多いこと。 要するに、よく「聞き込んでいる」ということだった。
しかし、本当の理由は、、、 他の、どのパートから指揮者を引き抜いても、ダメージを大きく受けてしまうということだ。 パーカスの、残る三人は、みんな優秀なので、やっていけるだろうという予測だった。
ところで、、、 彼女の、ピッコロの技術レベルだが、、、 彼女が一年生の冬の段階で、高校生の関東レベルに近いものか、それ以上だったと思う。
だが、ソロについては、、、
高校生の全国トップレベルのソロを聞いても、、、 私は、なかなか強く引き込まれるような事は無いのだが、彼女のソロを聞くと、一気に引き込まれてしまうのだ。
技術は、明らかに全国のトップには及ばないはずであるが、、、 彼女のソロは、一気に引き付けて、感動を与えてくれる。
彼女のソロは特別なのだ。
私は指揮をとるようになって気づいたのだが、、、 彼女のソロは、ピッコロであろうとフルートであろうと、ただ強弱の抑揚をつけているだけではなくて、、、 バンドサウンドの流れに対して、ほんのわずかであるが、部分的に遅れたり先に行ったり、、、 要するに「もたったり」、「突っ込んだり」している。
さらに、時には、ロックミュージシャンのように、そのソロ全体が、常に、わずかに先を走って緊迫感を表現することもあったり。。。
タイミング的に、ジャストで表現することの方が少ないくらいである。
だから、彼女のソロは表現力が豊かで、すぐに、聞いている人の心をとらえてしまう。 彼女は意識せずに、これが出来ているようなのだ。。。 これについては、プロの演奏家に遠くない能力を持っているのではないかと思う。
この能力を、彼女がどのようにして身に着けたのかは、メトロノームの使い方に、ポイントの一つがあると思う。 私は、あと二つのポイントがあると思っているが、それは、また、あとで。。。
【名クラシック】フルートソロ 「タイスの瞑想曲」
https://www.youtube.com/watch?v=M8XsCdQTAmw
彼女が、小学校五年生のある日、、、
「上手になったから、これは、もう邪魔だね。」と、祖父がメトロノームを棚の上に片づけてしまった。
今までは、再三、メトロノームをよく聞いて合わせるように言っていたのに。。。
特に、頭は注意深くピタリと合わせるように、しつこく言っていた。
それを、突然片づけてしまったのだから、、、 彼女は、「どうして?」と当然の質問をした。
「これからは、好きなように吹きなさい。 好きなように吹くと、心の中のメトロノームにぴたりと合うんだよ。 心のメトロノームは、ほんの少しだけ速くなったり遅くなったりするんだけど、機械のメトロノームは、ずうっと同じだから、邪魔になってしまうんだよ。」
「なぜ、心のメトロノームのほうが良いの?」と、当然の質問が。。。
「それはね、、、心のメトロノームの方が、聞いてくれている人が幸せになれるからなんだよ。」
この、「・・・聞いてくれている人が幸せになれる・・・」
この言葉が、彼女の人生観に大きくかかわっていると、私は確信しているが、、、
では次は、彼女の「心のメトロノーム」がどうやって出来たのかについて、ふたつめのポイントだ。
彼女は、何年もかけて才能を育ててきた。
彼女に比べたら、私が「聞き込んでいる」なんて、チャンチャラおかしい。。。
彼女は小学校二年生から「聞き込んでいる」。 祖父の、LPレコードのコレクションから、特に、声楽(ボーカルの曲)を中心に聞いてきた。
あらゆるジャンルに渡って。。。
クラシック・日本と世界の民謡・ジャズ・ビートルズのようなロックそして、ゴスペルやブルース・ポップス・・・ まだまだ、あるだろう。。。
彼女の部屋は、眠っているとき以外、いつもBGMが流れていた。 いつも、音楽に満たされていた。
私より、年はひとつ下ではあるけれど、音楽的な経験年数は彼女の方が、五年以上長いことになる。。。
声楽中心は祖父の方針だそうだ。 やはり、ピッコロやフルートのようなメロディー楽器には必要なことなのだろう。
良いもの・好きなものを、たくさん聞くこと。 考えてみれば、当たり前である。
特に、彼女の聞いたものは、声楽に特化していた。
だから彼女のソロは、歌っているのだろう。
https://www.youtube.com/watch?v=j8KL63r9Zcw
もうひとつ、指揮を執っているときに気がついたことがある。 これが三番目のポイント。。。
彼女は、ある状況になると、、、 ものすごい感情移入、、、 大げさに言うとトランス状態になる。 本当には、トランス状態にはならないが。。。
そう言いたくなるくらいの感情移入である。
本当に、心を込めて、、、 なりふり構わずに、、、 没頭している。。。
バンドの仲間たちも、「えっ・・・」と思ったことが、一度や二度ではないはずだ。
この「ある状況」とは、、、
誰かが、聞いてくれているときだ!
それが、一人であろうと、何百人であろうと同じである。
精魂込めて、「聞いてくれている人が幸せになれる」演奏をしようとしているのだと思う。
彼女のソロが特別であることは、、、 他にも理由があるのかもしれないが。。。
ただ、いまだに分からないのが、、、
音が出たとたんに、こちらの心に届く、、、 そして、聞いていたくなる。
これは、プロのミュージシャンでも当然あるが、プロだからといっても、そうならない方が多い。
うまいとか下手でもない。アマチュアでも、心に届くものがある。
これは,相性とか好みとかでもない。
正直に言うと、、、 私は、吹奏楽よりもベニー・グッドマンやグレンミラーのようなビッグバンドジャズの方が好きであった。 マーチやほかのクラシックは好きなものが少なかった。
ただ、音楽室のLPレコードの中に、稀に心に届く、聞いていたいものがあった。自分でも、不思議だった。クラシックを好きでもないのに、しかも吹奏楽と関係ないのに、スメタナのモーツァルトの弦楽五重奏に心を奪われてしまったり。
理屈抜きに快感だったので、時々、「心に届く」ものを探した。 簡単だった。 曲の出だしを15秒も聞けば、自分の心に届くものが判断ができる。
LPレコードの、貸出枚数がトップになって当然だ。
彼女の、吹いているジャンルは、どれも私の好きなものではなかった。 にもかかわらず、聞き入ってしまう。
音質などは、他の上手な人たちと変わらないと思うのだが、、、 彼女の場合は音を出した瞬間に、私だけではなく、複数の人の心をとらえてしまう。
何が違うのかは、未だに私には分析できない。
【フルート】桜色舞うころ【再UP】
https://www.youtube.com/watch?v=rIFs1h6eDoo
彼女が二年生の時に、関西の私学高校から吹奏楽特待生のオファーが来た。
関西。。。 どうやって、見つけ出すのだろう?
私は、下校時間の5分前に、そのことを、トランペットのパートリーダーから聞いた。
校門に向かって、歩きながらである。
彼は、さみしそうな表情をしている。
私も、聞いたとたんにさみしさに襲われた。 彼女にとって、喜ばしい事なのかどうかは、彼女と、ご家族の問題なので判断はできないが、、、
ただ、、、 彼女は、俺たちがいる場所なんかに、いちゃいけないんだ。 彼女は、エリートたちの中で活躍するべきなんだ。 俺たちみたいな、ポンコツの中にいてはいけない子なんだ。
そう思うと、無性にさみしくなってしまった。
彼も、同じ心境であった。
すると、、、 後ろの方から来た、「太陽」の部長が、、、「先のことだからねぇ~。 どうするのか、分かんないよね~。」
部長は、いつも、最後に鍵をかけて、、、 下校時間ぎりぎりに校門を通過する。
「でも、あの子がどこに行ったとしても、、、 ここが、楽しい思い出になると思うの。。。 誰が、どこに行っても、ここが良い思い出になるのよ。 楽しい思い出づくりしよっ!」
部長は、そう言いながら、私たちを追い越して先に行ってしまった。
私は、、、 そうだよな。 楽しくしなきゃ。。。 まるで、日が差したように、気持ちが明るくなった。 トランペットリーダーも、明るい表情になっている。
日が差したといえば、、、 「太陽」の部長!
あなたはすごい! 追い越しざまの、ほんの、20秒程度で、、、
俺たちの、冷え切った心の霜を、瞬時にとかして、そして、温めて下さった。
あぁ~! 太陽の女神の天照大御神様!
すると、彼が「部長が、先にいったってことは、もう、時間なんじゃないの? やばい! 先生が、こっちをにらんでるぞ!」
二人は、全速力で校門に向かった。。。
つづく
Sir James Galway - Phil the Fluter's Ball (In Concert at Armagh Cathedral)
https://www.youtube.com/watch?v=_aJMRCvOVW8
Concerto for Flute and Harp KV 299 (2nd movement)
https://www.youtube.com/watch?v=00iO7FXWhx8