連載 吹奏楽部 MEMORIES 16
トロンボーンの家に着くと、、、閑静な住宅地に建つ立派な家だった。
彼の部屋に入ると、大きなオーディオが壁際に置いてあった。見たことのないメーカーだった。
彼は、「なんか、レコードを聴く?」
ラックのなかに、LPレコードが五十枚ほど並んでいた。 私の家とは、すべてが全然違っていた。
「えっと、ジャズは、、、 ジャズは、5枚しか持ってない。」
私より、多い。。。
「これは?」
彼が選んだのは、ベニー・グッドマンだった。
「同じの、持ってる!」
「じゃ、違うのにするか。。。」
「それでいいよ! 聞き比べたい。。。家のは、安物だから、、、sing sing singをかけてくれ。」
singのドラムソロが始まった。
私は、いきなり驚いた!
最初のドラムソロから、ハイハットでバックビートを踏んでいるのだ。私のポータブルステレオでは、ハイハットが聞こえていなかった。 そして、その後の演奏は、バスドラがベースと同時に、フォービートを打っているのが聞き取れる。安物では、ベースとバスドラが混ざっていて分からなかったのだ。
「すごくいい音だね。」
「親父のお下がり。。。 親父が、アメリカ製のを買ったから。これを貰ったんだ。」
「これ、どこ製?」
「イギリスだよ。」
「高いんだろうね。」
「国産の、高級車より高いって言ってた。」
私は、、、 良いオーディオは、音が豊かで、そして、大きな音がでるだけだと思っていた。 たしかに、そうだが、、、 それよりも、一つ一つの楽器を鮮明に聞き分けることができることに驚いた。
それと、大きな音でも高音がうるさくない。低音も、豊かだけれどハッキリしている。
一番、驚いたのは、グッドマンのクラリネットの音だ。特に、高音がとてつもなく美しい。
バイクの音だと思ったら
https://www.youtube.com/watch?v=HXYHW2RKypk
彼は、、、 少し、表情を暗くしながら、「ジャズを聴けるって、、、おまえ、すごいよ。 俺は、ジャズ、分からないんだ。」
分からない?
私は、彼の日本語の意味が理解できなかった。
だから、テキトーに「難しいことは分からないけど、ただ聴いてたら好きになっただけだよ。」
しかし、彼のこの日本語で、後日、頭を悩ますことになる。
「ジャズが分からない」。。。
「分かる」って、どういうことなのか?
ジャズ理論的なものを理解しているということなら、学問的なことが「分かる」ということであるが、、、
私が分かっていて、彼が分からないのだから、、、
そんな難しいことを言っているのではない。
良し悪しが「分かる」という、、、 評価することが出来る、、、評価する能力を持っているということなら、私は「分かって」いないということになる。
私は、良いか悪いか、、、 上手か下手かなんて評価はできない。 好きだから、好きなものを聴いているというだけだ。
そもそも、私の頭のなかには、「分かる。分からない。」なんてものはなく、「好き。好きではない。」しかない。
もしかしたら、、、 音楽を聴く動機の違いかもしれないと思った。 私は、単純で、、、 聴きたいから聴く。楽しいから聴く。ということだけなのだが。。。
彼は、教養として聴く。良い評価を得たいから聴く。ということなのかもしれない。
たしかに、、、 以前、戦友さんから、、 ジャズを聴いているだけで「大したものだ」と言われたことがあった。ジャズはブランド品なのかもしれない。
ということは、、、 彼は、ブランド品を持っている私を、友達の一人に加えたいということなのだろうか。。。
三年生になった四月、、、 入部希望者が、パートの希望用紙を記入しているのを見ながら、、、 彼が、入部した当時のことを話してくれた。
当初、希望用紙に、、、 ①スネアドラム ②トロンボーン ③トランペット と書くつもりだった。
だから、彼は数ヶ月前から、スティックを購入して、自己流で練習をしていた。
ところが、スネアドラムではだめで、パート名のパーカッションと書かなければならない。 その上、一年生はシンバルかバスドラで、二年生になってもスネアになるとは限らないと聞かされて、希望は①トロンボーン②トランペット③ホルンに変えた。
シンバルやバスドラは、簡単そうに見られてしまうから嫌だったそうだ。
「俺はいつも、評価ばかり気にしていて、、、親父の評価、学校の成績の評価、まわりの評価。。。疲れるよ。。。 お前はいいな。。。」
お前は、能天気でいいな、という意味だと思うが。
私は、この時、、、 「ジャズが分からない」という意味を「分かった」気がした。。。
Blast! - Malaguena
https://www.youtube.com/watch?v=lGkhiiM-KRg
彼の部屋では、ジャズ以外に、行進曲も最高のオーディオで聴かせてくれた。
そして、彼は机の引出しからスティックを出した。
「スネアを細かく叩けないって、これのことだろう?」と、、、 机の上を、、、 ガ~~と叩き始めた。
「トレモロっていうんだよ。」
そして、スティックの持ち方を教えてくれて、、、
机にスティックの先端を押し付けてみろと言う。
やってみると、、、 3~4回弾む感じだ。
それを、左右交互にやると。。。
出来た!
これが、私の人生のターニングポイントであった! この時の私は、ターニングポイントだとは意識しなかったが。。。
ピッコロの、、、 フルートの、音が出ただけで、大好きになった。時 と、似ている気がする。
「簡単だろ?」
「ほんとに、簡単だ!」
「吹奏楽、やろうよ。」
私は、、、 自分にも出来るかもしれないと思った。
Ohio State Marching Band Hollywood Blockbusters Halftime Show 10 26 2013 OSU vs Penn State
https://www.youtube.com/watch?v=7_ToAF46GPQ
そして、翌日に入部した。
最初、顧問のテノールのところに行って、入部希望を伝えると、、、 「どの楽器をやりたいの?」
「ドラムスに憧れてます。」
「そうか、太鼓か。。。」と言いながら、部長のところに連れていってくれた。
「太鼓が希望だそうだ。よろしく頼むよ。」と部長に引き渡された。
私は、部長が女子であることに少し驚いた。当時は、男女の数が半々だったら、男子がトップになるのが普通だった。
部長は、「吹奏楽部に入部してくれて、ありがとう。」と手を差し出して、握手をしてくれた。 剣道部も陸上部も、こういう対応はなかったので、二度目の驚きだった。
部長は、「本当は、第三希望まで聞くんだけれど、今年は、他に希望の子がいないので省略するね。」と言いながら、パーカッションパートに連れていってくれた。 まるで、流れ作業のベルトコンベアに乗せられたみたいだ。
この日は、偶然、三年生の二人が風邪を引いて休んでいたので、二年生に引き渡された。 この時が、三度目の驚きだった。
見るからにヤバい! いたずら小僧がそのまま中学二年生まで成長してしまったという雰囲気の先輩だった。
ぶっきらぼうな、しゃべりかたで「お前、パーカッション、希望したのか?」
「パーカッションって何ですか?」
私は、本当に知らなかったのだ。
近くにいた一年生と先輩は、大笑いである。
「お前、本当に知らなかったの? アハハ お前、気に入った!」
いきなり、先輩に喜ばれてしまった。
まだ、面白さが抜けないみたいで、ヒクヒクしながら説明してくれた。
「打楽器のことだよ。 アハハ。 オーケストラや吹奏楽は打楽器のことをパーカッションっていう。他のジャンルだと、ドラムス以外の打楽器をパーカッションていうんだよ。」
先輩は、練習用の太いスティックを私に渡して、練習用の板を指差して、「何か、叩いてみろ。」
「では昨日、教わったばかりのトレモロを、、、」
ガ ガ ガ ガ とやった。太いスティックで木製の板を叩くと、けっこう大きな音がする。
先輩は、、、 「こういう連続するのを、パーカッション以外じゃトレモロっていうけど、、、俺達は、ロールと呼ぶ。 それは、クローズドロールといって、シンフォニーやジャズで使う技だな。。。」 と言いながら、、、
ガーーー
すごい! 右と左の音がきれいにつながっている。 まったく波を打たずに一定である。。。
「スゴいです。完全につながってますね。」
先輩は、クローズドロールを小さな音で続けながら「3足す3は6、6足す6は12、、、いくらでもつながるよ。」
「三回ずつ打ってるんですか?」
先輩は、少しずつテンポを落として、ゆっくりにしてくれた。 かなり、スローになった辺りで、三回ずつが確認できた。 ほんとに、三回ずつ打ってるんだ。。。
先輩の解説は続く、、、
「マーチングでは、ダブルストロークロールが多い。二つ打ちともいう。」
スローの二つ打ちからテンポを上げると、また、音がつながった。
今度は、激しい感じだ。
「ロックドラムで多いのが、シングルストロークロール。」
すごい迫力だ! 交互に一回なのに、つながって聞こえる。
「ティンパニーの基礎は、スティックの持ち方が違う。音を潰さないように、跳ね返す感じだ。」
先輩が、手首を少しひねって角度を変えると、軽やかな音にかわった。
すごい! 私は、圧倒された。。。
先輩は、練習用の太いスティックを置くと、、、「お前、今、、、 こんなこと自分には出来っこないと思ってるだろう。 でも、一年後に、お前は出来るようになってる。 なぜだと思う?」
「分かりません。」
「お前が、これから基礎練習を徹底的にやっていくからだ。大事なのは基礎練習! 基礎練習は命! 分かったか?」
「分かりました。」
「分かりました じゃなくて、返事は、はい! だけでいい。」
「はい!」
私は、、、
ここから、、、 始まった。。。
「吹奏楽部 MEMORIES」 完
新シリーズ「吹奏楽とロック」をやる予定です。
Kyoto Tachibana High School Green Band - Disneyland 2017
https://www.youtube.com/watch?v=QCl0XsUT41A
Henri Kling: Elephant und Mücke
https://www.youtube.com/watch?v=eDTrWB1pA5U