吹奏楽 マーチング ダンシング

パフォーマンスで、感動を共有できることは、、、幸せだ

連載 吹奏楽部 MEMORIES 4

 


私は、個人練習で屋上にいた。

いつも、天気の良い日は、パーカッションパートが屋上を独占している。

 

通常だったら、そろそろ、パート練習の時間であるが、、、

今日は、パート練習がないので、引き続き二年生だけで個人練習を続けることになっている。

音楽室で、三年生が入部希望者の対応をしているのだ。

 

今年は事前情報で、トランペットとパーカッションに優秀な子が来るそうだ。

木管の情報はないので、おそらく初心者だけだろう。

 

我々、パーカッションパートはラッキーかもしれない。

どんな子が来てくれるのか楽しみだ。

 

下の階からスネアのマーチングソロが聞こえている。三年生がデモンストレーションをやっている。

 

しばらくすると、三年生が、一年生を二人つれて屋上に上がってきた。

「発表は明日だけど、この二人で決まり。 二年!  頼むぞ!」

硬派のパーカッションパートらしい、ぶっきらぼうな紹介だ。 紹介は、これで終わりである。

 

一年生は、自己紹介をさせられるのだと思って、顔が緊張している。

 

一年生は、かわいい。

二人は、真新しい制服を着てかがやいているので、中身まで新しいかのように思えてしまう。

私は内心、「宝は磨かなくても、はじめからピカピカじゃないか。。。」と思って、ふき出しそうになった。

 

すると、三年生がこそこそと我々二年生の近くによって来て、、、

小声で「フルート、すげーのが来た。」

 

一年生は、ほったらかしである。

 

「よかったですね。」

私は、小学生レベルで「すげー」のだと思っていた。

 

先輩は、私の反応が鈍いので、追い討ちをかけてきた。

「ピッコロは交代だな。」

「えーッ!そんなにすごいんですか。」

 

どうだ、驚いたかという顔で

 

「物凄い。。。」

「ノーマークだったんですか。どこかから引っ越してきたとか、、、」

「普通に来た。 コンクールや発表会なんかに出たことはないんだと。」

 

彼女は、両親の方針でコンクールや発表会は、ピアノだけ出ていたのだ。

 

「ピッコロの三年生は大丈夫ですかね。ここ四ヶ月、ピッコロに慣れるための特訓をしてましたよね。」

「お前、三年生の心配してるのかよ。この程度で、へこたれる奴が二年間も吹奏楽を続けられないよ。」

 

Celtic Hymn for piccolo & piano by Hans-André Stamm

https://www.youtube.com/watch?v=cTNtXcDtALU

  

ここで、先ほどのスネアのデモから20分ほど前にさかのぼる。 場所は、音楽室の中。

 

 

部長は、音楽室の小さなステージに、一人で陣取って、新入生を見渡していた。

今年は、吹奏楽部の新しい宝が沢山きてくれた。

 

だから、今、ほっとしているところだ。

 

しかし、今年は第一希望が極端に偏っている。 金管は、トランペットとトロンボーンに集中している。

木管は、サックスに集中している。 クラリネットは去年と同じゼロ。 フルートは一人しかいない。  珍しいことだが、フルートの定員は、今年は一人なのでとりあえず問題はない。

 

しかし、この極端なかたよりが、後になって障害にならなけれが良いのだけれど、、、 部長の心配事が、また一つ増えた。

 

スーザのパートリーダーが、スーザフォンをぐるぐる回すパフォーマンスをやっている。 一年生たちは「おー!」と注目するが、それだけのようだ。 第一希望の変更には、結び付きそうもない。

 

クラの三年生たちは、例年通り、座ってまわりのパートをながめている。

 

大盛況のサックスパートは、机の上にバリトン・テナー・アルトそして、稀に使われるか使われないかのソプラノまで並べている。 サックスは、きらびやかで見栄えが良い。

一年生の女子のほとんどが、このサックスを囲んで目を輝かせている。

三年生は、各サックスの特徴を説明しているようだ。

 

部長自身は、ベニー・グッドマンの存在をパーカッションの二年生(私)に教わってから、ジャズを聴くようになって、クラリネットを本当に好きになった。 高校の吹奏楽部でも、クラリネットを希望したいと思っている。 軽音楽部のレベルが高かったら、そちらに行ってもいいかなと考えたりもする。

 

だから、部長はこの情景を見て、少しさみしかった。

しかし、感傷的になっている場合ではない。 部長の仕事をしなければならない。

 

部長が、なにげなくフルートパートを見ると、少し、様子が変だ。 机の上に、希望用紙を置いて三年生の二人が見入っている。 小柄な一年生が一人、ぼんやりとした表情で立っている。

 

部長が動いた。 気配りの部長は、いつも、問題が起きる前に動き出す。

 

部長が、希望用紙をのぞき込むと、、、

第一希望欄に、、、フルート(ピッコロ)  第二と第三に、 お任せします と書いてある。

 

三年生たちは、このカッコ書きの部分で、パートではなく楽器を指定していることに困惑しているようだ。

 

部長は「ピッコロをやりたいの?」

一年生は「フルートは練習したことがないので、自信がありません」

 

「ここにきている子たちのほとんどが、未経験者なの。 だから、吹いたことがないのは問題じゃないんだけど。 ピッコロはいつから?」

「小学校一年生からです。」

 

パートリーダーが「へー、私たちより長いんだ。。。」

 

パートリーダーは、、、 この一年生が、二か月ぐらいフルートの基礎練習をすれば、すぐに戦力になるかもしれないと期待したが、反面、変な癖に染まっていなければ良いのだけれどと、少し、心配でもあった。

 

「好きなように、吹いてみて。」

パートリーダーは、机の上を指差した。

 

机の上には、いつも使用後に、必ず、ていねいに磨き上げられている、美しく輝くピッコロとフルートが置いてある。

 

一年生は、「吹いてみて」の一言に反応して、体がカーッと熱くなるのを感じた。 顔も赤くなっている。

 

彼女は家族以外の、人前でピッコロを演奏したことがないのだ。 一年生の彼女から見れば、三年生は大人に見える。 彼女はこの大人の、たった一言で動揺してしまった。

 

机の上のピッコロを手に取ったが、、、 何を吹いたらいいのか、、、

 

部長が、笑顔で「何でもいいのよ。ゆっくり考えて、選んでね。」

 

彼女は、先日、おじい様にほめられた曲にしよう。 あれなら、恥ずかしくはない。。。 と、思った。

 

その、「褒められた曲」とは、彼女の祖父が書いてくれた練習曲のことだ。

 

祖父はいつも、彼女の音楽的な成長に適した、練習曲を書いてくれていた。 練習曲といっても、テクニカルなだけではなく、心に染み入るメロディーとか、心を高揚させるメロディーなどをもとにアレンジしたものだった。 この「褒められた曲」も、オペラのソプラノボーカルをアレンジしたものだ。

 

先日・・・ 褒められた。。。 そう、最近書かれたもので、、、 

ピッコロを吹き始めて6年。 祖父の、指導が始まってから5年の、到達点の練習曲である。

 

ここで、この曲の構成を専門用語なしで説明しよう。

 

二分間程度の短い曲で、前半はスローテンポ。 後半は急に速くなる。

 

最初は、高い音程の音だが、とても小さな音を伸ばすところから始まる。 小さな音のロングトーンである。

これは、ピッコロにとっては、とても難しい吹き方になる。

ピッコロという楽器は、息を速く、息を鋭く吹かなければ鳴ってくれない。 音程が高くなるほど、その傾向が強くなる。 だから、どうしても大きな音になってしまう。 これを、コントロールして、小さく、はっきりと、美しく吹かなければならないのだから、高い技術が必要となる。

 

そして、曲はゆったりとスローテンポで進みながら、だんだん大きな音になっていく。

 

スローテンポは、難しい。。。 どうしても、ふらついてしまう。 

特に、マーチングバンドは、スローテンポを苦手とする。

 

後半は、一転。 かなり速いテンポで、さらに大きな音量になりながら進んでいく。  1オクターブ以上の、高い音と低い音の落差の大きいメロディーが進んでいくのだ。 そして、その中でトリッキーにアクセントが入る。 だから、変則的なリズムに感じるメロディーになっている。

 

ピッコロを構えた彼女の指先は、緊張してしまって細かく震えている。  体が熱く、上半身全体から汗が吹き出している。

 

音楽室のガヤガヤとした騒がしさが充満したなかで、、、 とても小さく高く、そして、美しいロングトーンが鳴りはじめた。

 

部長と、フルートパートの二人の三年生は、息をのんだ。 幼さが残る一年生の雰囲気と、この洗練された音質のギャップに思考回路が停止した。

 

となりのクラリネットパートの三年生たちも、この美しいロングトーンの方向に視線が釘付けになった。 机の上を見ると、フルートしか置いてない。 やはり、この音は、この吹奏楽部のピッコロから出ているものだ。 しかし、いつもの音とは、まったく違う。 クラリネットパートも固まった。

 

ロングトーンは、ひかえめに、少しずつ大きくなっていき、メロディに移行していく。

曲は、ゆったりとスローテンポで進行している。 美しいメロディーだ。 彼女は、抑揚をつけて吹いている。

 

ユーフォのパートリーダーが、「部長が、デモ始めろって言ったか? ん?」

フルートパートの所でピッコロを吹いている一年生を見たとたん、彼も固まった。

 

ガヤガヤとうるさかったサックスパートの三年生たちも、この、いつもと違う感じに、フルートパートの方へ視線を送った瞬間に黙ってしまった。

 

一年生たちは、物音を立ててはいけないといった雰囲気にのまれている。

 

そして、音楽室に静寂がおとずれた。

聞こえるのは、美しいピッコロの音だけだ。

 

ピッコロを吹いている彼女にしてみると、突然、なぜかまわりが静かになってしまって、、、

まわりの視線は感じるし、、、

 

両足が震えはじめてしまった。

指の動きもこわばってしまう。

 

しかし彼女は、必死に頑張った。 そして、なんとか無事にスローテンポの前半を抜け出して、アップテンポの後半へ。。。

 

アップテンポになると、演奏するもの自身の気持ちも高揚してくるものだ。

 

足の震えも止まり、指もスムーズに動くようになった。

 

聞き入っている三年生たちの、気分も高揚してくる。 

 

その時、突然、高い音のアクセントが金属的な刺激音に!

 

彼女は、驚いて顔をしかめながらコントロールしようとするが、また、高域のアクセントが刺激音になってしまう。

 

部長は、すかさず、、、 笑顔で手を三回、パンパンパンとたたきながら、「はい!はい!は~い! オッケーで~す。」

 

「お上手ね。」

 

気配りの部長の、ドクターストップである。

 

先輩たちは、思い切り拍手をしている。 一年生も、つられて拍手。。。

三年生たちは、いつの間にかフルートパートを取り巻いていた。

彼女の醸し出すサウンドは、ほんの二分もたたないうちに、ここにいる三年生全員の心をつかんでしまった。

 

ところで、先ほどの「金属的な刺激音」。。。

部長と、フルートパートの三年生は、この「刺激音」が何だったのか分かっていた。

 

それは、シルバー合金のピッコロが、彼女のアタックに耐え切れずに発した悲鳴だったのだ。 安物ではないのに、我が吹奏楽部が保有するピッコロは、彼女のパワーにノックアウトされてしまった。

 

しかし、マーチングバンドにとって、パワーは大歓迎だ。

 

部長は、、、

「明日から、あなたのピッコロを持ってきてね。」

 

三年生たちは、ピッコロ担当の三年生の表情をチラ見すると、すぐに視線をそらした。

 

ピッコロ担当は、まわりを見回しながら、「あなたたち何をやってるのよぉ~」

 

部長が、「四か月間、お疲れ様でした。 この経験は・・・」

部長の言葉をさえぎって、「部長まで、なに言ってるの。 私は大丈夫だから。」

 

ここで、ジタバタするのは恥である。 バンドのクオリティ向上のために、いさぎよく身を引くことは誇りである。 この時代の日本には、まだ、恥の文化が色濃く残っていた。

 

ピッコロ担当は、フルートのデモンストレーションはパートリーダーに任せて、自分はピッコロを分解し始めた。 このピッコロを、倉庫の長期保管コーナーに納めるため、今から念入りに手入れをするのだ。 それが終わると、保管コーナーから、、、 明日からの戦友、、、 フルートを出してきて、手入れをする。

 

明日からフルート担当になる、彼女は、、、 すでに、前に向かって歩き始めている。 吹奏楽部という所は、そういう所だ。

 

吹奏楽部の事情など分からない、、、 明日からピッコロ担当になる、一年生は、、、

ほめられたことで、ほっとして、この時はニコニコしていた。

 

後日、、、 事情を理解した、ピッコロ担当の彼女は、旧ピッコロ担当に謝った。 目に涙をいっぱい溜めて。。。

 

驚いた先輩は、「みんな、あなたにピッコロを吹いてもらいたいのよ。私も、あなたにピッコロを吹いてもらいたいの。だから、もう泣かないで。。。」とハグをした。

 

このタイミングでのハグは、もっと泣けと言っているようなものだが。。。

 

あっ! しまった。 ここは、感動的なシーンであった。

 

このような子だったから、、、 フルートパートのお姉様たちは、彼女のことが、、、 いつも、可愛くて、可愛くて、仕方がないといったような接し方をしていた。

 

【フルート&ピッコロ】海の声/BEGIN /桐谷健太【TAKE2】再UP

https://www.youtube.com/watch?v=H0UrrPBF66w

www.youtube.com

 

可愛いといえば、、、

フルートパートには、おかしな風習? いや、伝統があった。

 

日曜・祝日の練習は、全体練習がなく、パート練習と個人練習だけであった。

だから、練習内容は、パートリーダーに任されていた。

 

そんな、日曜日。 昼休みが終わって、午後の練習が始まるときに、私はおかしなことに気がついた。

 

ピッコロ担当の一年生の髪型が、朝と違っているのだ。 そして、帰るころになると、朝、来た時の髪型に戻っている。 この怪現象が、日曜・祝日ごとに毎回起きる。 時には、エキセントリックな髪形だったりするが、それも、良く似合っていて、かわいい。

 

私は、一年生の時は、目の前のことで精いっぱいで気づかなかったのだが、、、

フルートパートの伝統で、、、 先輩たちが、一年生で遊ぶという風習があったのだ。

 

このころの私は、「あいつら、暇なのか」と、少し、否定的だったのだが、、、

今では、コミュニケーションを深めるためだったのだと、、、

言うなれば、、、 サルの毛づくろいみたいなものだと、肯定的にとらえている。

 

つづく

 

Peter Verhoyen, Stefan De Schepper, DAMARE Le merle blanc from PICCOLO POLKAS Album

https://www.youtube.com/watch?v=YAI7vNmvovU

 

Less Common Instruments

https://www.youtube.com/watch?v=v62YjjV-Roo