連載 吹奏楽部 MEMORIES 7
音楽室の、いつもサックスパートが展開している辺りに座り、スコア(フルスコア・総譜)を広げた。
そして、ステージに設置してあるオーディオで、LPレコードをかける。
サックスパートのまん中の辺りが、左右の音のバランスが良く、スッキリした音質でもあり、この場所を気に入っていた。
今は、個人練習の時間帯であり、部員たちは校舎のあちらこちらに散らばっている。
だから、いつも、この時間は、指揮者の私が音楽室を独占している。
スコアには、すべてのパートのすべての楽器の楽譜が、並列に記されている。
正確に言うと、我がバンドのすべての楽器より、楽譜の方が多い。
たとえば、オーボエやファゴットなどのダブルリード楽器は、マーチングバンドには使えないので、、、 我がバンドにない楽器が記されている曲もあるのだ。
今日の作業は、、、 文化祭に向けて、初めて挑戦する曲のLPレコードを聴きながら、スコアをチェックして、我々が持っていない楽器の部分を無視して良いかどうかの判断をすることだ。
私の出した結論は、、、 スコアに記されているオーボエは省いてしまっても良い。 この曲の、オーボエは、音を長く伸ばしているだけの、大したことのない裏旋律なので無視して良いのだ。
今回は、自信がある! 昨日から、このレコードを5回も聞いて、確かめているからだ。
しかし、万が一ということもあるので、、、 いつも通り、彼女にチェックしてもらうことにする。 ピッコロの彼女である。
実は、「万が一」ではなく、、、 すでに、数回の私の判断ミスを、彼女に指摘してもらっている。。。
【風笛】動画でレッスン 名曲をもっと素敵に!ザ・フルート Vol.158 島村楽器 二子玉川店 フルート インストラクター安田玲子
https://www.youtube.com/watch?v=i5QnNz8_zx8
事前に頼んでおいた彼女が、音楽室に現れた。
「このスコアだけど、、、 フルート4thとオーボエは省いていいと思う。」と言いながら、私はスコアの正面から退いて、彼女に場所を譲った。
オーディオは、止まっていて音楽室は静かになっている。 レコードとスコアの、アレンジの違いがあるので、彼女の場合は、スコアだけで判断したほうが良いのだ。
彼女は、スコアの正面に立つと「この曲は、聞いたことがないですねぇ~」と言いながら、、、 この曲のテンポで、体を大きく、そして、ゆったりと揺らしている。 彼女は、スコアを見ているだけで、頭のなかに全体のサウンドが展開する。
この、ずば抜けた読譜力は、6年以上のピアノの経験から来ているのだと思う。
彼女は、頭の中での演奏が終わると、、、
「このオーボエは、省けません。 ここからここまで主旋律を吹いています。」
「え??? それ、裏旋律だろう。。 その部分は、クラが主旋律だよね。。。」
「いいえ、このオーボエ、、、 全音符で伸ばしてますけど、これが主旋律です。 クラは、アルペッジョです。ほら、ここのユーフォとホルン、同じ和音ですよね。」
「アルペッジョ」とは、分散和音のことで、はやい話が「伴奏」である。
私は、スコアを見ながら、LPレコードを五回も聞いたのに。。。 伴奏の方を主旋律だと思い込んでいたのだ。 指揮者、失格である! 失格は、初めから分かっていた事ではあるが。。。
彼女はスコアを見ながら、頭の中で演奏しただけなのである。
私が、「選曲を間違えたかな。。。」と言うと、、、
「E♭クラを使えば、音質面はカバーできますよ。 部長が吹いたら、綺麗だと思いますよ。」
さらに、彼女からダメ押しが来た。
「フルートの4thは、根音を吹いているので省かないほうが良いと思います。 それよりも、ピッコロは、1stフルートの1オクターブ上で補佐しているだけなので、、、 うちの1stは、抜け出し安い音質ですから、、、 ピッコロを省いたほうが良いと思います。 私が、3rdを吹いて、リーダーに4thをお願いして・・・」
私は、もう立ち直れない。。。 それだけの、精神的ダメージを受けていることを彼女は、分かっていない。。。
まぁ、、、 いつも、ここから這い上がってはいるが。。。
この後、すぐに、部長のところに行って、、、
「今度の曲、、、 オーボエのところを、ちっちゃいクラで吹いてもらいたいんだけど」
「私に出来るかしら。。。」
「綺麗に吹けると思うよ。」
「そうかなぁ~」
「ピッコロが言ってたから、まちがいない。」
「また、教えてもらったの? ハハハハハ」
私は、本当はピッコロが指揮者をやるべきだと、いつも思っていた。
が、フルートパートから名手を引き抜くなんてことが出来るわけがない。
私は、卒部するまで、彼女に教わりながら、不本意ながら指揮者を続けた。
Irish March (Fife & Flute) – Wouter Kellerman (Live)
https://www.youtube.com/watch?v=o1WPnnvs00I
文化祭が終わり、とうとう卒部である。
顧問の先生が、卒部する三年生一人ひとりに、ほめ言葉を贈った。
私には、、、
「お前は、大したものだ。私のところに、教えてくださいと一度もこなかった。そんな指揮者は、お前が初めてだ」
「ピッコロに教えてもらってました」
「だから、大したものなんだよ。目的を達成するためには下級生からだろうと何だろうと、なりふり構わず教えてもらう。これは、なかなかできる事じゃない。これからの人生の強みになると思うぞ。」
ほかにほめる事が、何もなかったのだろう。。。
このあと、、、
二年生と一年生の、 ひとり一人と、一言ずつ、言葉を交わした。
わたしは、、、 ピッコロに、お世話になったお礼を言ってから、、、
「東京芸大を目指すんだろう。」
「それも選択肢に入っています。 それより、高校入試、、、頑張ってくださいね。」
これが、、、 実務的な会話ではない、彼女との、唯一の私的会話であった。
私は、狙いの高校に合格することができた。
狙いと言っても、人生設計などまるで考えていなかった。 コンクールで、全国に最も近い学校を狙っただけのことだ。
これからは、行進曲などという低次元なものとはお別れだと、とんでもない考え違いをしていたのだが、、、 その間違いに気づくには、何十年も年月を要した。
いずれにしても、、、 これからは、シンフォニーだ、全国だと、血沸き肉躍る青春に突入した。 まったく、前しか見ていない。。。 イノシシみたいなものである。
しかし、このイノシシは、秋のコンクールで、全国という壁に激突して討ち死にした。 関東で敗れたのだ。
そして、次こそはと、冬には牙をといで、春を迎えていた。
ところが、、、 このイノシシが太い首で、後ろを振り返らざるを得ない出来事が起きた。
高校二年の4月のことである。
つづく ( 次回で、終わるかも・・・ )
Tchaikovsky - Rococo Variations for Solo Piccolo & Orchestra
https://www.youtube.com/watch?v=PUakpHzvVFs