連載 吹奏楽部 MEMORIES 1-ピッコロとパレード
私が中学二年生で、吹奏楽部では中堅として活動し始めた頃。
これは、五十年前の話である。。。
ステージが終わって幕が降りた。
いつもなら、楽器や譜面台を、あわただしく、ステージから片づけるタイミングなのだが、、
この日は、異変がおきていた。
フルートパートの部員たちが、ステージの端の方で騒いでいる。
しばらくすると、二人に両脇を抱えられた女子部員が!
腰から下の力が、抜けてしまっているようだ。
胸には、小さなピッコロを抱いている。
顧問の先生が、走ってきて抱き上げると、彼女の放心した表情に涙が。
先生は、彼女を抱いたまま駐車場に消えていった。
この一年生は、プレッシャーに押し潰されたのだ。
それから二週間後。
ピッコロの一年生は元気そうだった。
先輩たちが、よってたかって励ましている。
「パレードは、絶対、楽しいから。 保障する!」
「間違えても大丈夫!パレードだから」
マーチングバンドにとって、一番楽しいのがパレードだ。
しかし当時は、パレードの需要が一年に一度しかなかった。
あとは、ステージの座奏や、フィールドの立奏だけだった。
だからパレードの楽しさを知っている2・3年生は、この日が待ち遠しかった。
パレードがスタートすると、校門を出たところに黒山の人だかりが。
「がんばれー」 「いいぞー!」 「行けー!」
家族など学校関係者しかいないけれど、それでも、バンドは元気になる。
普通は、「がんばれー」は他人事だから心に響かないものだが、家族の場合は、本気で叫んでいるので気合が入る。
この時代の人たちは、通過時間には表に出てくれていて、笑顔で声援を送ってくれた。
大人たちの、受け入れてくれている感がすごかった。
窓から、お年寄りが手を振っている。
沿道から拍手で迎えられる。
通過するときは、手拍子と声援!
我々のような小さなバンド(今の感覚では多い方)は、ほんの二分間程度で通過してしまう。
でも、その二分間を思い切り楽しんでくれている。
そう、この『楽しんでくれている』ことが、演奏している者にとって最上の喜びなのだ。
いつもはビビって、音の出だしが一瞬遅れてしまう一年生も、思い切りがよくなって出だしがそろうから、全体のサウンドに迫力が出てくる。
いつもより雑で乱暴にはなるが、ノリが良くなっているので、沿道の手拍子も弾んでくる。
お義理の手拍子と、楽しんでくれている手拍子の違いを、演奏している者は敏感に感じとる。
ピッコロも、今日は元気に鳴っている。
ピッコロという楽器は、フルートが小さく短くなったもので、バンドのなかで最も小さな楽器だ。
しかし、その地味なイメージとは裏腹に、ピッコロの音質の存在感はバンドのなかでダントツだ。
トランペットのように自己主張が強いわけではない。
個性がはっきりしていて、ほかの楽器の音の中に混ざり込みにくいのだ。
ピッコロを強く吹いたら、どんな大音量の中からでも抜け出してくる。
したがって、フルートパートの四人の内訳は、フルートが三人でピッコロはただ一人。
しかも、行進曲はピッコロの音が決め手になるというか、ピッコロの重要性が高いものが多い。
だから、ピッコロの責任は重い。
彼女がピッコロに抜てきされたのは、入部した翌日だった。
フルートパート(ピッコロ)希望で入ってきた彼女だが、すでにその技術はパートのだれよりも高いものを持っていた。
彼女のピッコロなら、行進曲の『星条旗よ永遠なれ』をレパートリーに入れることができる。
三年生の副パートリーダーが、ピッコロを担当していたが、彼女に譲ることになった。
『星条旗・・・』の後半の、彼女のピッコロは、カナリアがさえずりながら空をスキップしているかのようで、それは見事なものだった。
星条旗よ永遠なれ - USAF Band of Flight
https://www.youtube.com/watch?v=HxMegdrDTwE
彼女は、パート練習でも全体練習でもノーミスだった。
しかし、あの二週間前の悪夢。
幕が上がり、一曲目は『星条旗・・』
後から考えると、なぜ一曲目にこの曲を選んだのか。
まるで、『悪魔のお膳立て』のようだ。
中学生に、大人たちの視線がそそがれる。
不文律のような、『演奏中は物音を立ててはいけない』ということがある。
行進曲は手拍子OKなのだが。知らない人の方が多い。
子供たちにしてみれば、大人が整然と座っていること自体がプレッシャーになってしまう。さらに、中学生くらいだと、大人は何でも分かっている的な思い込みがあったりする。
中学生たちは、まるで大人たちの批判を受けているかのような気分になるが、本当は、ただ、ぼーっと座っているだけなのだ。
しかし、子供たちからはそうは見えない。
いつもは笑顔で、あごでテンポをとってくれたりしている人が、一人くらいはいるものだ。
中学生は、この、たった一人の笑顔に救われる。
「受け入れてくれる人がいる」そう思うだけで気が楽になる。
しかし、この日は運が悪かった。
客席にいつもの笑顔はなかった。
本番では、必ずと言っていいほど、
通常では考えられないようなことがおきる。
今回は、それが彼女だった。
ソロの頭でミス!!
立て直そうとするが、ミスがミスを呼ぶ。
平常心を失い、普段ならするはずのない、
余計なことまでしてしまう。
そして、ミスのドミノ倒し!
一曲目が終わって、あたたかい拍手をもらったが。
普通は、ここでほっとして気持ちを立て直すのだが。
彼女は、すでに手遅れだった。
恐怖心から、音を出すことが出来なくなっていたのだ。
責任に押し潰されていた。
大人たちの視線に押し潰されていた。
そのあとの三曲。
彼女にとっては簡単な曲のはずだが、まったく音を出せないまま終わってしまった。
すべてが終わって、幕が降りた。
立ち上がって、ふらふらと三歩か四歩あるいたところで、ステージの床に座り込んで動けなくなってしまった。
本当に悔やまれる。
あの時、指揮者が会場の手拍子を誘っていたら。
あの時、座ったままソロを吹かせていたら。
数か月前まで、彼女は小学生だったのだ。
そういう配慮が必要だった。
パレードも後半になり、商店街に入っていく。
声援も手拍子も大きくなってくる。
素朴な中学生のバンドを楽しんでくれている。
自分たちの演奏を、楽しんでくれている人たちがここにいる。
一年生のシンバルも、シャンシャン響いている。
いつもは、外では反響物が少ないので、まるでシンバルに粘土でも張り付いているのではないかと思えるほど響かない。
人の心理は、からだの動きに微妙な変化をもたらし、その事が、結果を決定的に変えていくものだと思う。
商店街では、八百屋のおじさんがハチマキをして、わけの分からないタコ踊りをしながら奇声をあげている。
その横で、奥さんがみっともないと、やめさせようとしている。
皆、笑っている。 皆、笑顔だ。
ピッコロも絶好調だ。
誰も、疲れなんか感じない。
終点の公園についたので、整列して最後の一曲。
『星条旗・・』
この曲は、当時の中学生にとって、難しい曲だった。
しかし、今日は、いつになく、なかなかの迫力だ。
皆が必死になって練習をしてきた。
この曲を、まともに演奏できることは誇りだった。
この日、彼女は自らドラムメジャーの前まで進み出て!
ソロを吹いた。
カナリアは軽快に、空をスキップしていた。。。
本番の寸前に、ドラムメジャーから「ソロの時に、前に出なくてもいいよ」と
言われていたが、
彼女が笑顔で出ていくとドラムメジャーも笑顔を返して、そして、とめなかった。
演奏が終わり、あいさつが終わると、、、
ピッコロの彼女が泣き出した。
皆が、駆け寄ると、彼女は、
「楽しかった、、、はじめて、、、本当に、、、楽しかった、、、」
フルートパートは、輪になって抱き合って泣いた。
一年生が、大役と格闘していたのだ。
それを見ていた先輩たちの方が、辛かったのかもしれない。
我がバンドでは、一年生は宝だった。
帰り道では、一年生が、、、
「どうして帰りは、音を出してはいけないんですか?」
「警察の許可がないと、演奏できないんだよ」
「許可をとればいいのに」
「理由がないと、許可されないよ」
毎年、このような会話が、自然にわいてくる。
スマホなんか無い時代だった。
子供たちのために、一肌脱いでやろう、
タコ踊りをやってやろうという大人たちがいた。
二分間、感動を共有する日本があった。
Stars & Stripes Forever Piccolo Solo - Flawless
https://www.youtube.com/watch?v=9johOIZUIYI
【ピッコロ】スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス
高速~超高速【演奏してみた】
https://www.youtube.com/watch?v=uoEYhfVDW38